11月は二度目の三連休。
1日目は行き先を考えあぐねている間に寝る時間を逃して家事に専念、2日目は天候不順でだらだらし、3日目の振替休日にやっと走りに出ることにしました。
行き先は、ずっとうっすら気になっていたものの、なんだかんだ機会を逃し続けていた冨岡製糸場。

まっすぐ行けば下道でも3〜4時間で到着してしまう場所なので、流石にそのまま往復ではつまらない。
かといって、開館時間に合わせて出発を遅くすると渋滞にも捕まります。
何かセットで走れるいい道はないか・・・と考えたところ、目にとまったのは富岡にほど近い高崎と太平洋岸の茨城県鉾田までをつなぐ国道354号。
3:30自宅発で早々に都市部を抜けてしまうことで渋滞を避け、夜明けと同時に国道走行をスタートするべく、まずは太平洋を目指して走ります。

4:00過ぎには渋滞のメッカ、船橋松戸近辺を抜けて国道464号。
ここまで来ればこっちのもの、あとはニュータウンと田んぼ、沼地の中を高速で走る快走路が続きます。

千葉ニュータウンで北に進路を変え、利根川沿いに河口に向かって走ります。
このあたりは視界の中の街灯がゼロになることも珍しくなく、脇道の駐車スペースにバイクを停めると目前の道路は完全に消え失せて闇。
スマホのナイトモードだとかろうじて路面と土手の境が見えますね。
堤防の向こうから来る遠くの車のハイビームが、たまに思い出したように空だけを染めるのも、また寂しさを際立たせます。
普段半端な住宅地で過ごしていると、こういうのも新鮮で面白い。

国道408号は長豊橋を渡って利根川左岸へ。
この日はそれほど冷え込んでおらず、一番冷えるこの時間でも気温は5〜6度程度。
薄ぼんやりと遠くの街の明かりが近寄ってくるのを楽しむ程度の余裕はあります。

霞ヶ浦の東端を回り込むようにして香取市を過ぎ、国道51号で北へ。
視界は「霞」ヶ浦の名前に恥じないほど濃い霞に覆われ、街灯のない道とあいまってスリリングな運転。
自分は速度を落として注意さえしていればいいんですが、カーブの向こうから雑に飛び出してくる対向車が怖い。

北浦大橋で北浦をわたり、太平洋岸へ近づきます。
ただ、オーソドックスに国道51号まで走るのも芸がないなと思い、一本内陸側の県道242号で北上することに。

田畑と住宅が間欠的に現れる道をすいすいと走り、目論見通り6:00少し前に鉾田に到着。
終点大洋総合支所入口交差点から、始点の高崎へ向かう道のりのスタートです。

道は概ね真西に向かって進みますが、鹿行大橋で北浦の「くびれ」部分を渡るべく、まずは南西へ。
その角度で左を向けば、朱に染まり始めた南東の空が見えます。

朝焼けのグラデーションを映す波のない静かな湖面と、陸地のシルエットがとてもいい感じ。
幸先は上々です。

少しいくと、地図にない立派な橋台と鋼鉄の橋桁が目に入りました。
これは鉾田から潮来をつなぐ、圏央道茨城県区間の工事で、来年度半ばの開通を目指して絶賛建設中。
ちょうどこの北側に行方ICができるので、ランプのアプローチ部も作られていました。

そのまま田園地帯を抜けて西へ走り、見えてきた特徴的な建造物は、虹の塔。
去年12月に登ってみた、地上約60m、霞ヶ浦の西浦を見下ろす展望塔です。

塔のすぐ先は霞ヶ浦大橋。
これをゆったり渡って、国道は土浦方面へ。
時間は6:30を回り、東の空には太陽が顔を出しました。
ただ、海上は湿気が多いようで、まだ朝日はふんわりと雲の中です。
内陸へ入ったこともあり、このあたりで気温は底を打ち、メーターは3℃を指します。

橋を渡ってからこっち、かすみがうら市だった行政区分が土浦市に変わるころ、道路看板は下妻とつくばを指し示します。
片側2車線で、歩道も右折レーンも完璧に整備された郊外のバイパス。

走りやすいのがいいことですが、何も考えずにまっすぐ走ると、国道125号に乗り替わってつくばの北を抜け、下妻方面へ抜けてしまう。
国道354号を辿るためには、一旦125号とぶつかる交差点で左折し、南へ折れる必要があります。
土浦の市街地を見下ろしたら、看板をよく見て左折、国道125号との共用区間。

鋭角にクロスする国道6号との交差点を抜けて右折すると、単独区間の復活。
この国道354号は、全線通して辿るのがそれほど難しいルートではないですが、ここだけが要注意ですね。

常総市に入って子貝川を渡り、引き続き西へ西へ。
視界の奥の方に濃い雲の帯が見え、念の為雨雲レーダーを確認しますが観測なし。

橋を越えて地平に降りると、その雲の帯の様子が何かおかしい。
どうやら地上から急に湧き立っている・・・?

その先も国道をまっすぐ行くと、鬼怒川を渡る区間で、水海道有料道路に指定された水海道大橋を渡ることになります。
軽車両等20円、ということでたいした金額ではないのですが、小銭を用意するのが単純に面倒。
ということで、有料区間を迂回して旧道の豊水橋でさらに西へ。
あとで調べたら、22:00から翌6:00までは通行料徴収対象外で、さらに8:00までは暫定無料措置が実施中でした。
損してしまったかもしれないけど、黄緑色のトラスは愛嬌があって好みなのでOK。

さらに進むと、様子のおかしい雲の根本が確実に見えてきました。
路肩に停めて確認してみると、坂東市内のプラスチックリサイクル工場で火災があり、昨夜から延焼中というニュースが。
なるほど、道理で・・・。

国道は特に規制など実施しておらず、異臭がするほどの距離でもないということで、気にせずつっきります。
ちょうど煙の帯の真下を通る場所では、結構な黒煙が空に広がっていました。
普段からツーリング時は排気ガス避けもかねてマスクをつけっぱなしなので、まぁ煤の吸引は一応安心かな。

煙を抜けるとすっきり青空。
この記事を書いている19:00過ぎでもまだ鎮火していないようなので、もう燃えるにまかせるしかない状態なのでしょうね・・・。

気を取り直して、国道走行の続き。
看板は館林・古河と群馬県橋を射程に入れます。
県境のあたりまでは圏央道とほぼ並行しており、ナビに特に何も指定しなければ、高速へ上がるルートを案内されます。

文字通り、県境にある境町に届く頃、時間は8:00を回りました。
晩秋の低い日差しは、まだ看板をまぶしく反射させます。

圏央道をくぐってすぐ、国道4号のバイパス、いわゆる新4号とも交差。
こちらも国道のはずですが、さすが4号様とは格違うようで、立体交差しているにもかかわらず側道並の信号の流れの悪さを発揮します。

つづいて旧4号とも交差。
「旧」という名にふさわしく、看板はボロボロ。
文字はほとんど読めないようなひどい状態ですが、上貼りされた国道354の文字だけが妙に鮮明。
今日の自分はこれだけ読めれば問題なし。

順調に進み、新三国橋で渡良瀬川を渡河。
ここでいう「三国」は三県境のことと思いきや、茨城・埼玉・栃木の3県ですね。
3県境は茨城から少し離れ、群馬県が入ります。
実質このあたりは4つの県境が入り組んだ形なので、もういっそ4県境にしてしまえばいいのに。
道路は茨城県から橋を渡って一瞬埼玉県に入り、すぐ群馬県へ。

8:30少し前の空は、2時間前の霞ヶ浦と比べてずいぶんと明るく青くなりました。
気温も十分あがり、厳冬期装備ではやや汗ばむくらいになってきます。

県境を越えて、板倉町・館林市と進みます。
市内中心部は銀杏並木が立ち並びますが、剪定がしっかりしているおかげで手羽元みたいな形に・・・。
見栄えは悪いですが、銀杏が散ると臭いですし、車に接触しても良くないですからね。

つづいて邑楽町。「オーラまち」って面白い名前ですよね。
このあたりは行政的には郡部になりますが、ほどほどに活気のある都市部といった感じで、高規格道路の快適な走行が続きます。
地図上で、道路と絡みながら走る東武小泉線を見つけましたが、調べてみると伊勢崎線の短絡をするような面白い路線のよう。
貨物の廃線跡などもあるので、一度訪れてもいいかもしれません。

そうこうしているうちに、看板は終点の高崎を案内します。
単独の行き先になったとはいえ、高崎は街の規模が大きいために表示されているだけで、まだ50kmは先。
国道17号とクロスするあたりで、時間は9:30。

伊勢崎の中心部に入ると、右に赤城山、正面に榛名山を見ることになります。
関越道で北上する時は正面赤城、左に榛名が多いので、ちょっと違和感がありますね。

伊勢崎から高崎は、都市間の連絡の動脈となっているおかげで立体交差も整備されており、ペースのいい走行。
高崎駅前東口の目抜通りにつきあたり、クランクして立体交差で西口へ。
実質的には東口駅前が国道機能のスタート地点です。

残る書類上の国道区間は、駅前整備の影響か、くねくねと市街地を折り曲がりながら、碓氷川と烏川の合流地点付近へ走ります。

最後は県道27号と合流して丘をくだり・・・

立体交差になっている君が代橋東交差点が道路の始点です。
時間はちょうど10:30、4.5時間の走行でした。

渋滞にハマることもなく、ちょうどいいペースで街道走行を満喫したので、あとは予定通り富岡製糸場へ向かいます。
国道18号から県道10号へ入って南へ、山を一つ越えます。
距離にして20km弱。

やってきたのは、市営宮本町駐車場。
富岡製糸場付近にはいくつかの公共駐車場や、無数の民間駐車場がありますが、オフィシャルに案内されているのはここで、二輪の駐車料金が無料です。
もっと近い方がよければ、仲町駐車場が30分100円で使え、無料のコインロッカーも併設されています。

今更ながら富岡製糸場とは、明治の開国後、貿易黎明期に外貨の獲得と産業の近代化を目指して作られた、絹糸(シルク)の生産工場。
全国の模範となるべく官営施設として開設されたあと、様々な資本に運営が代わりつつも、昭和末期まで稼働していました。
そのなかでも、明治期から存在するいくつかの施設が2014年に世界遺産・国宝に指定された・・・というもの。
国宝というと、どうしても文明開花以前(江戸時代以前)のもののイメージが強いですが、これは明治5年の完成です。

国宝・世界遺産に指定されたのは明治初期に建造された製糸場本体施設ですが、周辺にもいくつか明治期の関連施設があったり、展示施設が点在しています。
まずは本体へ赴く前に、上州富岡駅まで歩いてみることにします。

駅前には旧富岡倉庫の建物群があり、こちらは明治後期・大正期の建物群が残ります。
2022年にあらためて観光施設としてグランドオープンしており、資料館やカフェが営業中。

煉瓦造りが明治の建物、石造りが大正の建物だそうです。
石は大谷資料館で見学した大谷石を使っているとのこと。
なるほどたしかに、鑿の跡や質感がそっくり。

世界遺産パワーで上州富岡駅も小綺麗にリニューアルされています。
路線は高崎から下仁田までを往復する上信電鉄上信線。

駅からは駐車場方面へ戻る形で製糸場まで歩きます。
世界遺産指定で観光客は増えたのでしょうが、生活としては製糸場が盛況であった1970年代以降下り坂のよう。
中心街であってもなかなか寂しい趣があります。

この辺のお店は2022年くらいまでは開いていたみたいです。
いくつかリニューアルして案内所になったりしているみたいですが、そもそも鉄道で訪れる人は少なそうですからね。

一方で駐車場からの動線はしっかり盛況。
城町通りに食べ歩きやゆったり休憩できるお店が十数件居並ぶ中、「旧韮塚製糸場」があります。
こちらは冨岡製糸場を範として数年間操業していた製糸工場。
復元された綺麗な長屋根の建物の中に、トイレと展示、それから富岡製糸場の入場券販売機が設置されています。
チケットはここで買っておくと手っ取り早いのでおすすめ。

製糸場の正面通りにも飲食店が数軒。
入場前にここで腹ごしらえをすることに。

パッと入って目についた富岡新名物「もんじゃまん」と「とうふ豚まん」をいただきます。
この季節、あつあつの中華まんはそれだけでそそるものですが、しっかり美味しい。
もんじゃまんはソース味、とうふ豚まんは豆腐ハンバーグっぽい感じ。
事前情報なしで食べたんですが、富岡違いの富岡八幡宮でも名物として売られていてちょっと笑いました。
まぁもんじゃは東京下町の料理ですからね・・・。

腹ごしらえも終わった頃合いで、いよいよ入場。
時間は11:30。

入場料は大人1,000円と、世界遺産にしては良心的。
1人200円の追加でガイドツアーが申し込める他、スマホの音声ガイドも利用できます。
音声ガイドを利用したい方はイヤホンを持って行くといいかも。

場内は、国宝となっている東・西置繭所と繰糸所。
工夫/工婦の社宅や、工場で用いられていた蒸気機関の復元エンジンなどなど。

建物は明治のものですが、昭和末期まで操業していたとあって社宅などは昭和仕様。
テレビや電灯などもしっかりありました。

横浜の赤レンガ倉庫が明治末期から大正にかけての建築ですが、こちらは明治初期ですから、同じレンガでも40年くらい差があります。
京都奈良の社殿を見ているようなのびやかな屋根の構造とレンガの対比が面白いですね。
電灯がない時代の建築、かつ繭倉庫なので、採光と通気性のために窓が多かったのでこの形だそう。
見どころはしっかり多く、自分は足早に見て回って1時間弱くらいでした。
展示動画とかしっかり見れば2〜3時間くらいは楽しめるかも。

ということで、見学を終えたらあとは帰路。
国道254号だけで帰っても面白いかな、と思いましたが、前にやったことがあるのと、3連休最終日なのであきらめることに。
時間はまだ12:30なので、途中で食事をしつつ、高速には乗らないものの最短距離で帰ることにします。

ルートは国道254号から国道17号BP。
ほどほどに暖かく、3シーズンジャケットの下はフリースと長袖シャツのみで十分。
どうやらこの日は関東平野部で19度まで上がったらしく、11月末とは思えない気温です。

途中、道の駅かわもとで食事しようと思いましたが、うどんが玉切れ30分待ちということでスルー。

だらだらと17号を走り・・・

思いつきで某コーヒー店に入ってパスタを食べて帰ることに。

高速はそこそこの渋滞でしたが、下道はそれほどでもなく、ペースよく明るいうちに都心方面まで帰宅できました。

この日の走行距離は、観光あり下道オンリーと考えるとそこそこロングな433.7km

ODOは145463kmになりました。

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